本文
主屋
主屋(旧店舗)
文庫蔵
やまうちけじゅうたくしゅおくほかろくとう
7棟
国登録/建造物
平成19年10月2日
湯沢市吹張二丁目1番4号
個人
山内三郎兵衛(さぶろうべえ)家は、六代山内市兵衛(いちべえ)家から安永(あんえい)元年(1772)頃に分家し、文化(ぶんか)年間から昭和にかけて呉服商を営んだ。
現住宅は、七代三郎兵衛が昭和6年(1931)から4年の歳月をかけて建てたもので、昭和9年(1934)9月9日に竣工祝いを行っている。当時、羽州(うしゅう)街道沿いに建つ建築物ではひときわ目をひくものであったと伝えられる。
設計は、東京の高堂建築事務所の高堂徳治(たかどうとくじ)で、出身地である秋田に残した作品である。工事監督は山脇太郎吉(やまわきたろうきち)他2人、棟梁は佐藤吉松(さとうよしまつ)で、脇棟梁2人を置いた。
本住宅主屋は、梁を重ねた重厚な妻面を見せ、屋根には深緑の釉薬瓦(ゆうやくがわら)が葺かれている。敷地内には軽快な意匠でまとめられた裏座敷の他、文庫蔵、道具蔵、商品蔵、穀蔵といった土蔵群が立ち並び、主屋北側には洋風意匠の車庫が隣接し、優れた街路景観を構成している。
建物に使用されている膨大なケヤキ材などは五代三郎兵衛のときから収集されたものである。建築時期は、折しも世界恐慌、昭和東北大飢饉(ききん)と重なり国も地方も疲弊していた時期であり、雇用対策も大きな目的であったといわれる。景観のみならず、本市の近代史を知る上でも貴重な建造物である。